
土御門家といえば、平安時代の安倍晴明を祖とする陰陽道の宗家として知られていますが、その歴史は神話や伝説にとどまらず、現実の土地や寺社、遺構としてもしっかり残されているんです。
このページでは、そんな土御門家ゆかりの場所を、京都と福井を中心に紹介していきます。陰陽道に触れる旅や聖地巡礼の参考にもなりますよ。
京都市下京区・梅小路エリアには、かつて土御門家の屋敷が広がっていたんです。その中核となるのが、菩提寺の梅林寺と、その跡地に建てられた円光寺。
土御門家の墓所があり、「安倍」や「土御門」の刻名が確認できます。境内には日時計や天体観測台の石が残っていて、実際に星を読み、暦を作っていた証が感じられるんです。
土御門邸跡に建てられたお寺です。天体観測を行ったとされる渾天儀台石が見どころで、かつての天文学の拠点としての歴史を伝えています。
晴明神社はもう説明不要の人気スポット。安倍晴明を祀るこの神社は、土御門家の精神的な拠り所ともなってきました。
神社のすぐ近くには一条戻橋があり、ここは「式神を隠した橋」として有名。陰陽師ファンや歴史マニアの間では聖地巡礼のマストです。
また、嵐山エリアには安倍晴明の墓とされる場所もあり、現在も土御門家系の管理下にあるそうです。
真如堂には、江戸期の土御門家墓碑が複数あり、五芒星の装飾や不動明王像といった陰陽道特有の意匠が確認されています。
一方、稲住神社は小さな社ですが、かつて土御門家が祈願所としていたという記録があり、静かながらも霊的な重みを感じるスポットです。
福井県おおい町・名田庄は、室町時代に土御門有宣らが戦乱を避けて移り住んだ土地。ここは単なる避難地ではなく、天文・暦・陰陽道の拠点として整備された重要な場所です。
その見どころとしては以下の通り。
こんなふうに整備された名田庄は、有宣から有春、有脩と続く4代にわたって、陰陽道や暦の行事がちゃんと続けられていた“聖地”なんです。
特に天社宮では北斗七星の信仰が大事にされていて、ここは当時の日本でもかなり本格的な暦作りの拠点でした。
いまでも暦会館ではその歴史をわかりやすく学べるし、星まつりや夏越祓といった行事を通して、昔の知恵や祈りの文化に触れることができますよ。
総合的に見ると、やはり住居・儀式場・天文台が整備されていた京都梅小路の屋敷が「土御門家ゆかりの場所」として一番ふさわしいのではないかと思います。
とりわけ南側に置かれた渾天儀(天体観測装置)の台座や星図彫刻などは、まさに「天を読み、地に書き記す」──陰陽師たちのリアルな日常の痕跡なんです。
五行要約