茨城県の安倍晴明伝承

安倍晴明の生誕地として知られるのは京都や大阪──そう信じ込んでいる人も多いかもしれません。でも実は、茨城県筑西市にも「晴明が生まれた」とされる伝承がしっかりと残っているんです。

 

その舞台は、筑波山のふもとに位置する猫島(ねこじま)地区。古文書『ホキ抄(ほきしょう)』に登場する「常陸国筑波根の麓猫島の生の人」という記述が、この地の伝承の出発点となっています。

 

このページでは、茨城に息づく晴明伝説の豊かな世界を、現地の地名や史跡、語り継がれる物語をもとにわかりやすくかみ砕いて紹介します。

 

 

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『ホキ抄』が語る「猫島生まれの人」

まず注目したいのが、『ホキ抄』という陰陽道注釈書に残る記録。

 

常陸国筑波根の麓猫島の生の人

 

と書かれており、これが晴明が茨城の猫島で生まれたという説の根拠になっています。

 

もちろん、阿倍野(大阪)など他の生誕地説もありますが、茨城の猫島ではこの伝承をもとに地域の誇りとして晴明を祀り続けているんです。

 

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史跡に残る晴明の痕跡

猫島地区やその周辺には、晴明にまつわる名前を持つ地名や施設がいくつも存在しています。

 

  • 晴明橋:晴明が湿地帯に堤防として石橋をかけた伝説。現在は「晴明橋公園」として整備されており、橋の一部が復元。
  • 晴明塚:病魔退散の祈祷で弓を放った場所。矢が飛んで行った先が筑波市の「一ノ矢」という地名の由来になったという言い伝えも。
  • 五角の井戸:陰陽五行思想に基づいた形状の井戸。産湯や眼病、子宝祈願の霊水とされていました。

 

まるで“晴明の人生そのものが地図に刻まれている”ような感覚になりますよ。

 

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高松家に残る晴明伝記と紋章

猫島の高松家には、1711年頃に作られた「晴明伝記」版木が保存されており、これは筑西市の文化財にも指定されています。

 

そこには五芒星(晴明桔梗紋)九字紋がしっかりと彫られており、現代に残る貴重な資料として、晴明の“術の象徴”が伝えられています。

 

また、敷地内には晴明神社晴明塚もあり、民間信仰と資料保管の両面から晴明の存在を今に伝えているんですね。

 

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猫と童子と陰陽道

晴明が猫島で生まれたという伝承には、ちょっとユニークなお話も。

 

ある時、吉備真備が猫に囲まれて困っていたところ、そこに現れた童子(=幼い晴明)が猫を祓って助けた──という逸話があるんです。これが「猫島」という地名の由来になったとも言われています。

 

さらに、晴明の母が白狐=信太姫の化身であるという伝説も加わり、茨城の伝承は大阪・京都の「狐母伝説」ともリンクしてくるんですよ。

 

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今に残る信仰と地域PR

筑西市では、宮山ふるさとふれあい公園内に安倍晴明展示館を設置。パネルや資料で、地域の晴明伝承を市民や観光客に発信しています。

 

「歴史的事実かどうか」はさておき、地元の人々は晴明を自分たちの土地が生んだ守護者として大切に思っており、その精神が祭りや資料館に活かされているのがとても印象的です。

 

五行要約

 
  1. 『ホキ抄』により、筑西市・猫島が安倍晴明の生誕地とされている!
  2. 晴明橋五角井戸晴明塚など、地域に多数の史跡が残る!
  3. 高松家には「晴明伝記」版木や神社が保存・維持されている!
  4. 吉備真備×童子(晴明)×猫というユニークな地名由来伝説も!
  5. 市の展示館を中心に、地域全体が晴明伝承の発信地となっている!