安倍晴明は幼子の頃から妖怪や霊など異界の存在を見ることができたといいます。【安倍晴明の師匠賀茂忠行ってどんな人?】でご紹介したエピソードからも見て取れるように、元々霊力が高く才能に溢れていたのです。
そしてこの霊力の高さには、清明の「ある血筋」が関係していると考えられます。
ある伝承では、清明の母親は、葛の葉(くずのは)と呼ばれる化け狐であったといわれています。葛の葉と清明の父保名(やすな)との馴れ初めと、そして清明誕生までの過程を描いた〈葛の葉子別れ〉の段という有名な話があります。
〈葛の葉子別れ〉の段
ある日信太の森にて、神社にお参りに来ていた摂津国の安倍保名(やすな)は、狩人に追われていた白狐を助けたが、その際に怪我をしてしまった。
手傷を負って倒れている保名の前に、葛の葉という若い女性が現われ、介抱し家まで送り届けてくれた。その後も葛の葉は保名の元に何度も見舞いに来て、看病するうちに2人は恋仲になった。やがて結婚し童子丸という子供をもうけた。
童子丸が5歳の時、不注意で葛の葉の正体が狐であることがばれてしまう。このまま人里では暮らせぬと、稲荷大明神の命であることを告白し、次の一首を障子に書き残して信太の森へ帰っていった。
恋しくば尋ね来て見よ 和泉なる信太の森のうらみ葛の葉【口語訳⇒恋しいならば尋ねて来てみよ、和泉国の信太の森の悲しみにくれた葛の葉を。】
保名は自分がかつて助けた狐が恩返しの為に現世に現われたことを知り、葛の葉に合うため童子丸とともに信太の森にいった。森を歩き続けていると、一匹の狐が現われてこちらを見つめている。そして狐は保名が愛した葛の葉に姿を変えた。
葛の葉は戻ることはしなかったが、自分の形見として童子丸に水晶の玉と黄金の箱を授け、森の奥へ去って行った。2つの宝具は稲荷大明神の命で、葛の葉から童子丸に授けるよういわれていたそうだ。
童子丸は後に清明と改名し、天文道を学んだ。母から授かった宝具の力も後押しとなり、徐々に頭角を現し、安倍晴明としてその名を轟かせることとなる。
日本では古来より、狐は神秘的な力を持つ霊獣と見られてきました。そんな狐を母に持つとなれば、清明が類い希な素質を持って生まれてきたことに納得してしまいますね。
数ある狐にまつわる伝承の中でも「狐が女に化けて男に近づく」という話は特に多く、この葛の葉伝説もその1つです。
同じ「男に近づく」でも、今回紹介した「葛の葉伝説」のように恩返し・親切心で近づくケースもあれば、「おさん狐」のように美女に化けて男女の仲を裂こうとするなど悪さ目的に近づくケースもあります。
「女狐(めぎつね)」という「人を騙す悪賢い女性」の意として多用される言葉は、「狐は女に化けて人を騙す」という古来よりのイメージから作られた言葉です。
狐は陰陽五行思想において、「陰」から生み出される獣と考えられていて、それが後世になって「狐は女に化けて陽の存在である男に近づく」という認識となって定着したことが一因とされています。