
安倍晴明といえば「人間離れした力を持った陰陽師」ってイメージが強いですよね。真偽は別にして、伝説の中で語られる、そのパワーはどこから来たのか…って考えると、やっぱり気になるのが両親の存在です。
父親は実在した人物。じゃあ母親は?なんとこちらは白狐の化身だったかもしれないっていう超ファンタジーな伝説が残ってるんです!
このページでは、そんな史実と伝説が入り混じる晴明の「家族の物語」について、わかりやすくかみ砕いて解説します。
安倍晴明の父親とされる安倍益材(あべのますき)は、記録にも名前が残っている平安中期の中級貴族。職業は陰陽寮に仕える官人で、宮中の儀礼や占術、天文に携わっていた人物と考えられています。
一説には大膳大夫(だいぜんたいふ)という役職についていたとも言われていて、これは「朝廷の食事部門の長官」というそこそこ重要なポストなんですよ。
息子の晴明が陰陽師として活躍できたのも、この父からの教えや家の地盤があったからこそ、というわけです。
さて、問題の母親についてですが…ここからは一気に物語の世界に入ります。
名前は葛葉(くずのは)。なんと白狐が人間に化けた存在だとする伝承があるんです!
お話の流れはこんな感じ。
というなんとも美しい悲話なんです。特に有名なのが、葛葉が残したとされるこの一首。
「恋しくば 尋ね来てみよ 和泉なる 信太の森の うらみ葛の葉」
この和歌、じつは現代でも大阪・和泉の信太森葛葉稲荷神社に伝わってるんですよ!
じゃあこの葛葉姫って、実在したんでしょうか?
答えはおそらく「NO」。史料には晴明の母について名前や出自が記録されていないんです。だからこそ、後世になって「狐の血を引くから霊力が強い」というストーリーができあがったんだと考えられています。
ようは、晴明の「人間を超えた力」を説明するために、母=霊的存在というロジックが必要だったんでしょうね。
この両親の構図、じつはすごくおもしろいんです。
このふたつが合わさって、晴明は「現実と霊界をつなぐ陰陽師」として成立しているわけです。
晴明という存在は、史実と伝説のはざまにいるからこそ、いまだに多くの人を惹きつけるんですよね。
ちなみに母・葛葉が帰ったという信太の森、いまでも葛葉伝説の聖地として地元で親しまれています。
神社には葛葉の像や狐のモチーフがいっぱいで、「安倍晴明生誕の地」をアピールするパネルなんかもあるんですよ。伝説が現代にもちゃんと残ってるって、なんだかロマンがありますよね。
五行要約