安倍晴明の出身地に関する逸話|解釈が分かれる「生誕の地」一覧

安倍晴明といえば、平安時代を代表する陰陽師。でも意外と知られていないのが、「そもそも晴明ってどこの出身?」というお話。

 

実は、晴明の出身地には複数の説があるんです。このページではその中でも有力とされている候補地を中心に、わかりやすく紹介します!

 

 

h3
最有力候補は「大阪・阿倍野」

 

晴明の出身地としてもっとも有名なのが摂津国阿倍野(現・大阪市阿倍野区)

 

この地は父・安倍保名(やすな)の居住地とされ、母・葛の葉(白狐)が現れた「信太の森」も近くにあります。伝説の中では、このふたりの間に生まれたのが童子丸=晴明なんです。

 

現在、阿倍野には安倍晴明神社が建っており、地元では晴明の生誕地として厚く信仰されています

 

h3
「茨城・猫島」説も捨てがたい

 

もう一つの有力候補が茨城県筑西市・猫島。ちょっと意外ですが、ここには晴明が生まれたという伝承があり、江戸時代の陰陽道書『ホキ抄(ほきしょう)』にも「猫島生まれ」との記述が見られます。

 

地元では晴明橋公園なども整備されており、今も「晴明の生誕地」として地域の人たちに大切にされているんです。

 

h3
香川・讃岐にも「神主説」あり

 

香川県高松市には、晴明がかつて冠纓(かんえい)神社で神主を務めていたという伝承が残っています。

 

この伝承に基づき、香川県が出生地だったとする説も。ただ、文献による裏付けはやや乏しく、どちらかというと信仰拠点の一つとしての扱いが強い印象です。

 

h3
滋賀・坂本にも記述あり

 

??袖裡伝』という陰陽道の書物には、晴明が近江国坂本(現・滋賀県大津市)で生まれたとする記述もあります。

 

ただし、こちらはほぼ単一文献による言及のみで、他に裏付けとなる伝承や史跡はあまり見られません。

 

h3
なぜ出身地がはっきりしないの?

理由は簡単。安倍晴明は平安時代の人物であり、正確な戸籍情報や出生記録が残っていないためです。

 

さらに、晴明が死後神格化され、陰陽師として全国的に知られる存在になったことで、

 

「ウチこそ晴明のゆかりの地!」

 

……と各地で伝承が生まれたことも影響しています。

 

五行要約

 
  1. 安倍晴明の出身地は確定しておらず、複数説がある!
  2. 最有力は大阪・阿倍野で、現地に晴明神社も存在!
  3. 茨城県・猫島も古文書に記録があり、注目度高め!
  4. 香川・滋賀などにも伝承が残るが裏付けは限定的!
  5. 各地で信仰が生まれたのは、晴明の神格化と影響力ゆえ!