安倍晴明にまつわる伝説的な逸話の数は圧倒的であり、そこから清明=最強の陰陽師というイメージが確立され、今や陰陽師の代名詞とも言える存在です。
ここではそんな清明の圧倒的存在感を確立するに至った数
安倍晴明は平安時代の人で、晩年・死因について、詳細のわかる史料は残っていません。清明のものとされる墓も複数存在し、どれが本当の墓だかわかっていません。(安倍晴明の墓地はどこ?もご参照ください)
ただかなり長生きしたことは確かなようで、生誕921年で、死没が1005年ですから、83〜84歳くらいまで生きたと考えられています。40歳ですでに老人といわれた時代ですから、80歳まで生きるというのは相当すごいことです。
寛文2年(西暦1662年)刊行の仮名草子『安倍晴明物語』では、ライバルの蘆屋道満と命をかけた賭け事をし、道満のインチキで負けて斬り殺されたと綴られています。(その後清明は師匠に生き返らせてもらって、道満に復讐を果たします。)
清明は普通の人間ではなく、妖怪の血を引いているという説話もあります。清明の母は信太の森の妖狐であり、狩人から助けてくれた安倍保名と恋仲になり出来た子供が清明といわれています。妖力を持った狐は1000年生きるとも言われますから、そんな血をひいたとなれば相当な生命力があったのでしょう。