陰陽師というと平安時代というイメージが強いかもしれませんが、陰陽師が務めた「陰陽寮」は、奈良時代中期に施行された『養老令』下にあり、『養老令』は飛鳥時代末期に施行された『大宝令』とほとんど同じ内容です
陰陽師が着ている服は、基本的には平安時代以降の貴族と同じ衣装です。狩衣(かりぎぬ)といって、貴族達が狩猟に出かけるときに着ていったことからこの名が付けられました。
腕の上げ下げがしやすい非常に機能的な造りであり、その動きやすさから貴族が私邸でくつろぐ際の普段着になりました。
現代においても、神宮の衣装として定着しています。
色については基本的に自由だったようですが、陰陽師は陰陽寮という部署に仕える役人なので、階級や年齢によって許可されない色というものはあったようです。
この狩衣をベースに、立烏帽子・袴・扇を身につける、というのが陰陽師の基本的な格好とされています。